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好きなら好きなだけ遠いよ

ぶつくさと独り言

Boys Be Discord

不協和音とユリ熊嵐の類似性
 
 心地がよい。そんなことにどんな意味があるというのだろうか。心地よさは排除の上に腰を下ろす。色を濁すもの、音を外れるもの、群れの空気を乱すもの。それらを平らに均しハーモニーを作り出すのだ。そのハーモニーは人々の耳によく馴染む。人々に安心感を与える。だが何に安堵しているんだ?なあ何に心を委ねているんだ?あなたの調和は何のためにある?
 
欅坂46の新曲【不協和音】を聴いて初めに思ったのは「…ユリ熊嵐だ」詞がまるでなぞらえたかのよう。『ユリ熊嵐』とは幾原邦彦監督によるオリジナルアニメのこと。幾原邦彦の名にピンとこなくとも『セーラームーン』『少女革命ウテナ』の監督といえば誰もがわかるはずだ。タイトルにあるように百合要素があるからウッとなるかもしれないが、イクニ作品において螺旋階段・赤いスポーツカー・変身シーン・百合は外せないからしょうがない。個人的に女以上に少女を理解している男性というのが日本には三人いて、それが秋元康先生,幾原邦彦監督,宮崎駿監督だ。妄想の域を出ないけれどその内の二人が…と考え出したら興奮し過ぎて寝られない。秋元康×幾原邦彦。もう素晴らしすぎて失神しちゃう。彼の作品は耽美的だ。グランギニョール的なおどろおどろしさもあり、メタファーだらけ。とても難解でその世界観にいつものことながら置いてけぼりを食らってしまう。私がアイドルの舞台やMVに関して拙い解釈をするのは彼の作品に影響されてなんだ。どんな細部にも作り手と演じ手の意匠が凝らされておりそれがその世界を紐解く鍵になる、目の前の事実をそのまま受け取ってしまえば真実は遠くなる、シリアスな話は神妙な面持ちだけでするものじゃない、どんなに馬鹿馬鹿しく思えるようなことにも必ず神秘が隠されている、と。細部に宿る神、それを探すことに夢中になった。だが同時にそれは一人間に宿る神を蔑ろにすることでもあった。 "考察だの解釈だのそんなものに何の意味がある。神秘を暴くようなことをして何になる。何になったつもりでいるんだ。傲慢に他ならない" そう思いながらも私は今日も言葉を並べていく。
  
【不協和音】と『ユリ熊嵐』の類似性とは言っても後者の説明が不可欠だ。ということで、まずここでは『ユリ熊嵐』の概要を述べたいと思う。随所で【不協和音】並びに欅坂46と関連づけていく。ついでに今回MVについては一切触れません。作品のキャッチコピーは「その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ。」

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ガウガウ〜ある時宇宙のはずれにある小惑星クマリアが爆発しちゃったの。粉々になったクマリアは流星群になって地球に降り注いだんだけど、そしたら世界中の熊が一斉決起!みんなで人間を襲い始めちゃった。驚き〜って感じだよね。人間たちは断絶の壁を作って私たち熊を自分たちの世界から追い出そうとしたけど、でもでも〜人間の作ったルールなんて通用しないんだからね、ガウ。私たちは熊。熊は人を食べる。そういう生き物。
クマとヒトとは断絶の壁によって隔たれている。クマはヒトを食べ、ヒトはクマを撃つ。そんな中あるクマが断絶の壁を越えてヒトの世界にやってくる。というそんな話。
 
透明な嵐。透明な嵐とはおそらく同調圧力のことだ。自分たちと異なる他者を透明な存在にさせる。大勢で主義主張を折らせにかかるのだ。〈叫びを圧し殺す見えない壁ができてた〉当初この壁はユリ熊嵐でいうところの断絶の壁のように思えたが同調圧力と考えた方がしっくりとくる。〈反論することに何を怯えるんだ 大きなその力でねじ伏せられた怒りよ 見て見ぬ振りしなきゃ仲間外れか 真実の声よ届くって信じていたよ〉
おもしろいのは透明な嵐が壊すのはその人自身ではないということ。その人の大切なものから奪ってゆく。すり減って消えてしまうまで、透明な存在になるまで嵐は止まない。排除の儀といい誰が悪か投票するシーンがあり、その場には議長がいる。議長は透明な嵐の標的を確認する役割で権限はさほどない。現に議長が代わる代わるクマに食べられ何度か入れ替わっても透明な嵐には何の支障もない。それが恐ろしいところだ。こうすれば解決するというものがない。指揮者をどうにかしても後続が湧いて出てくる。ではどうしたらいいのだろうか。この話はもう少し先にとっておこう。これはヒトの世界の話であってクマはヒトのルールに縛られない。透明な嵐も無論同じで彼らにはそんなもの関係が無いと私はそう思っていた。だが違っていたのだ。「獣の世界は冷酷である。力の弱い者、周りと同じ行動を取れない者はあっさりと排除される。」本能に従い生きる者も理性を持つ者も自らと異なる他者を排除する。これはクマとヒト、つまり人は感情的な状態でも冷静な状態でも結局のところ同じ行動を取るということなのかもしれない。そう異なる他者を排除しようとする。〈仲間からも撃たれるとは思わなかった〉この歌詞。この仲間は異なる思想を持つ僕に対し激昂して撃ったかもしれないし、沈着に判断し撃ったのかもしれない。排除に情なぞ1mmも挟む余地はない。どちらにせよ既存の概念から外れるというそれだけで脊髄反射的に排斥しようとする。この詞から異なる他者を排除するという極めて安直な行為に対しての批難を感じる。
 
ああ調和だけじゃ危険だ
ああまさか自由はいけないことか
 
不協和音を聴くたび脳裏に畢竟惧れはあらじと透明な嵐の中を闊歩する少年の姿が浮かぶ。不協和音。その音は不快か、不快ならば排除するのか。異質な他者を受け入れることをしないのか。【不協和音】は楽曲自体が不協和音のような気がしてならないのだ。メロディーの心地よさに安住していた人間は憤慨する。俺を裏切りやがったな。そして腕を振り上げる。あなたの思いに添う曲でないからといって貶めるのはどうなのか。批難ですらない子どもの駄々で認められない認められないと繰り返す。耳を塞ぎ目を瞑ることもしない。そのもので存在している事物を自分の都合のいいように作り変えようとする。
ユリ熊嵐は罪の物語でもある。幼い頃ヒトとクマという隔たりを越えて友達だった紅羽(ヒト)と銀子(クマ)がというキャラクターが登場するのだが、紅羽はある日突然銀子の記憶を失くしクマを恐れるようになる。その日はクマを連れていると噂され近所の子どもたちに羽交い締めにされた日。銀子は自分が熊だからいけないんだ私が人間の女の子になればと、断絶のコートにて裁判にかけられる。キスを諦めるかわりに、スキを諦めない。私を人間の女の子にしてくださいと訴える。だがその代わりに一番大切にしているものを差し出さなければならなかった。それが紅羽と過ごした時間いわば記憶だった。自分は覚えている、彼女は忘れる。まるで人形姫。それでも構わないと銀子の願いは承認され、叶えられた。銀子は自分がその世界で異分子であるという事実に、自然なままの自らの姿を無理矢理変え、友達である紅羽へ献身的な愛を捧げた。目が覚めた紅羽は自分の横にいるクマに怯え逃げ帰る。記憶を失ったまま成長した彼女は周囲の人間と同じようにクマを憎み、クマを破壊することに躍起になる。けれどこれだけの話ではなかった。幼き日クマを連れていることで虐められた紅羽は銀子と時を同じくして願い事をしていた。銀子を人間の女の子にしてください。紅羽は銀子が熊だからいけないんだと考えた。熊だから駄目なんだ、人間の女の子にしちゃえばいいんだと。子どもだとはいえそれはあまりに傲慢で罪深い願いだった。ありのままのクマの銀子を、異なる他者を、自分の都合のいいように作り変えようとした。存在を否定し、マジョリティへ世間へ自分の方へと擦り寄らせる。紅羽は自ら手放したのだ友達である銀子との記憶を。どうにも同じことのように思えてしょうがない。曲を否定し、自分の気に入るようなものを要求することが。傲慢の罪ではないか。
 
うまく絡められずにここまできました。ああ本当に観てもらえればこんな拙い言葉なんかより感じてもらえるだろうに。でも観ていない人にそれを伝えられないようでは観てもらえないんだろうな。ああ難しい。今更感だけど歌詞の解釈的なことで宗教がテーマなのかもしれない思い始めてきた。イエスというのがイエス・キリストのことだったりして。隠れキリシタンについての可能性だってあるわけだ。だけどそれを考える上では様々な本を読まなければならなそうだし映画だって最近は『沈黙-サイレンス-』もあったしこのグダグダ文章の何倍もグダグダになるから現実的じゃない。ふう一息ついたところで続きをどうぞ。
 
「閉じられた世界の秩序は透明な者たち決める」透明な存在とはつまりサイレントマジョリティーなのだ。圧倒的な数の暴力。止むことのない透明な嵐を抜け青空を仰ぐただひとつの方法がある。私は信じていることがある。イクニ作品では主人公はみな最後に世界の外側に立つ。欅坂を笑う人があるのは、彼らが体制の中にありながら、体制の恩恵を授かりながらそれを批判する点にある。それは世の青年にも言える。社会の中でぬくぬくと守られ生きていながら批判を行う。この社会こそ体制であり、体制こそ既成概念である。私たちはその外側に立たねばならない。世界を真に批判(破壊)できるのはその世界の外側に立った者だけだ。外側に立った者がどこへ行くのか、どこにいるのか知る人はいない。もしかしたら死ぬってことなのかもしれない。〈欺きたいなら僕を抹殺してから行け〉
だけどそれは消えるってことじゃないんだ。『墓場、女子高生』を思い出してほしい。日野ちゃんが去り、ビンゼとジモの二人が墓場で語らうエピローグのことを。ビンゼのさようならのポーズもジモが飲むコーラも日野ちゃんの面影を残していたじゃないか。二人の中で生き、二人の人生に新しい風を吹かせたじゃないか。「娘たちの行く先は誰も知りません。でも、それでいいのです。世界はあなたのスキで目覚め、変わっていくものなのですから。」古い道徳は脱ぎ捨てていいんだよ。ドアを開けて外に出なきゃならない。誰が何と言おうと自分のままで歩いていかなきゃならない。たとえ透明な嵐の中だって。あなたが心に大きな決意をして思い切って行動してみても世界は何も変わらないように見えるかもしれない。それでもあなたに続く人が確かにあるんだ。新しい若者たちがどんどん世界を変えていくんだ。古い道徳を打ち破っていくんだ。僕たちは不協和音であるべきだ。
 
何か 乱す  ことで きたす  もっと 新しい世界