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好きなら好きなだけ遠いよ

ぶつくさと独り言

国立新美術館の最寄駅

私が初めて国立新美術館を訪れたのは昨年2015年の2月、父が心酔していた早川先生が名誉会長を務めていた新槐樹社の招待券を貰ったのでその公募展を観に行ったのだ。(本当の事を言うと小学生の時家族でゴッホの展示を観に来たのだが火曜日で休館だった笑)ちょっぴり退屈な公募展を鑑賞し終わったけれどこれで帰るのは勿体ないと思っていたら、ちょうどその期間文化庁メディア芸術祭が開催されていた!最先端テクノロジーを見の前にして子どもみたいに目をキラキラさせてもう興奮しっぱなしだった。メディ芸と建物のデザインも相まって国立新美術館は私の中で聖地認定された。

そう、あの頃の私にとって乃木坂駅は大好きな国立新美術館の最寄駅。乃木坂46っていうアイドルグループがいるけどオタクっぽい人見かけないなあ、なんて乃木坂が劇場を持たないということさえ知らなかった。メンバーだって生駒ちゃんと白石さんしか顔と名前が一致する人がいなかった。西野さんと深川さんを同一人物だと思っていたくらいだし。2期生の存在なんていないにも等しい。

アイドルに関心がなく寧ろ否定的な立場にいた私がなぜ乃木坂を好きになったのか?それには今はまだ話せない複雑な事情があるが、彼女達に心を救われた、とだけ言っておく。乃木坂の彼女達は恩人であり尊敬の対象だ。けれど知っていくにつれて恩人としてじゃなくてアイドルとして惹かれていった。

アイドルってとてもロマンティックな存在なんだよ。グループを離れることを意味する"卒業"と対応してアイドルでいる期間は"青春"と呼ばれるけれど、この青春は自覚的である上に自分で終わらせなければいけない。残酷なように思われるけど、アイドルがそうでありたいと思う自身の偶像を永遠のものにする事ができる。美しい想い出にする事ができる。ああ、やっぱりちょっと哀しいかも。終わりが来ると知っているからこそアイドルは輝く。本当に蛍みたいだ。その輝きは命を燃やしてるんじゃないかってくらいで、一挙手一投足が美しく意味深で目が離せない。そして実際に何かしらの意図を孕んでいるんだから驚きだ。メンバー同士の関係性や出逢いも運命的だしドラマティックだ。無粋だけれど私はそれらを注意深く観察することに喜びを見出している。

乃木坂の彼女達の多くは想像力の欠如した周囲の人間によって少女期に心の柔い部分をぐちゃぐちゃにされている。彼女達には傷つけられた人間の美しさがある。こんなに人の心を掬い上げてくれるアイドルはいない。だから乃木坂46が好きなんだ。

だけどね、そう、散々私は乃木坂に救われたから恩義を感じてるとか言ってるけど、そんな恩人達に雀の涙程度の金銭的援助しか出来ないしそんな事でもしないと会えなくて握手会だって一方的に満足してるだけだし、何にも彼女達のために出来ないんだよ。そう考えたらCD買う意味ってある?と思えてきた。救われたからという理由でファンでいるのはつらすぎる。与えられるばかりで奪うばかりで消費するばかりで壊すばかりで。何一つ返せないのは心苦しい。自身も傷ついていた彼女達に救われたくせにアイドルを楽しむようになって能天気に生きてさ。薄情というか恩知らずというか。 

そうやって勝手に暴走して悲しくなっていた私にも心境の変化が起きましてね

ここ最近は目まぐるしいほどの情報に置いていかれてる。ブログも歌番組、写真集もチェックできていない。でもこれでいいんだと思う。先日とても美しい生き方をする人を知った。その人を見て私は乃木坂に救われたという事実それだけでもう充分だと考えるようになってきた。CDは1枚位は買うけど握手はせずミニライブだけをしっかり目に焼き付け会場を後にする。彼女達にできる恩返しというのは乃木坂と出会いどれだけ人生を豊かにして貰ったのか伝える事だと思うから、彼女達のファンとして素敵な人だと思ってもらえるように教養を身に付けたいし、文化的でありたい。
(でもやっぱりちょっとは握手会に行きたいという気持ちもある)

これがね乃木坂に対してのスタンスなんだけど、在宅の人になら分かってもらえそうだけどそれ以外の人には、は?って感じだろうし、自分でもお前敬虔なクリスチャンかよと思うし。いや敬虔なクリスチャンについてはよく知らないからただのイメージだけど、禁欲的であるという意味と、あとは偶像崇拝ってことで。まあアイドルのファンとしてヲタクとしての在り方なんて人それぞれだし、こういう奴もいるって知って貰いたいだけなんです。私がアイドルを好きだと知らずにここまで読んでくれた人はこいつガチだガチヲタだとか思って震えたかもしれないけど、君も好きなものや尊敬の対象には真摯でありたいと思うでしょそれと一緒だよ(?)あと、これだけは言っておくけど私はあくまでファンであってヲタクではない。

最後に、文体も定まらず脈絡のない話を始めるこんなブログを最後まで読んだあなたはとても忍耐強いと思います、持久力があります。良かったら次も読んでみて下さい。それではこの辺で、さよなら。